プルースト「逃げ去る女」 (講談社世界文学全集)

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保苅瑞穂訳1978年発行経年ヤケがありますが、書き込みや線引きなどはなく、古書にしては比較的状態良好です。※保苅瑞穂氏翻訳の旧プレイヤッド版を底本とする、プルースト作「逃げ去る女」です。名文家らしい保苅氏の、実に陶然とするような訳文が見事なものです。本書は、純粋な旧プレイヤッド版の翻訳ですので、現在ではなかなか読む機会がなく、最近相次いで出版された、リーブル・ド・ポッシュ版などを底本とする「逃げ去る女(消え去ったアルベルチーヌ)」の翻訳と読み比べてみるのも興味深いものがあります。※なぜか、新プレイヤッド版「消え去ったアルベルチーヌ」を完全に翻訳した刊本はまだ出版されていないのではないのでしょうか。鈴木道彦氏も吉川一義氏も、タイプ原稿1(プルースト直筆清書原稿が大幅に削除を施されたもの)は雑誌掲載用のダイジェスト版と考えられ、タイプ原稿2(清書原稿をほぼそのまま転写したもの)にもとづきながらもタイプ原稿1を加味して、清書原稿にない章立てもされた新プレイヤッド版を底本とするのに躊躇されたそうです。両氏は、リーブル・ド・ポッシュ版を主たる底本に翻訳されています。井上究一郎氏は、単行本出版時には、1925年初版と旧プレイヤッド版を底本とされていましたが、文庫化に際しては新プレイヤッド版などを参照しておられるようです。結局、翻訳は清書原稿が基本なのです。※旧プレイヤッド版「逃げ去る女」は、1954年刊行されたのですが、上記タイプ原稿1、同2がまだ公開されておらず、上記清書原稿(草稿段階だったようである)に基づき編集されたもので、章立てもなく構文や時制、単語が未整理で編者は大変苦労したようです。保苅氏も、本訳書刊行時にタイプ原稿1の存在を知ることはなかったのです。※さて、本編「逃げ去る女」は、大半が伝聞と主人公の心情が描かれていて、外界の経験に基づく部分はほとんどないのです。生身のアルベルチーヌは登場しません。『失われた時を求めて』の中でも、唯一主人公の心象が濃密に吐露され、他編とは趣を異にし最高の作品となっています。「逃げ去る女(消え去ったアルベルチーヌ)」について、プルーストが推敲に推敲を重ねた由縁でしょう。※とはいえ、新プレイヤッド版「消え去ったアルベルチーヌ」の翻訳が未だに刊行されず、吉川氏訳岩波文庫版でも新プレイヤッド版を回避されたのは非常に残念です。

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